行間を埋めるブログ

軟弱層の基本性質

prime-132th.hatenablog.comでは開集合Uにおける切断をとる関手\Gamma(U,-)が必ずしも完全関手ではないことを注意した。しかし層がある特別な性質を持っていれば完全性が保たれる。それがタイトルにもある軟弱層(、脆弱層、散布的層)と呼ばれるクラスである。本稿では今述べた\Gamma(U,-)の完全性を示す。証明はツォルンの補題を使う中々ごついものである。

ちなみにこの事実は層係数コホモロジーの言葉で言えば「\mathcal{F}が軟弱層であれば任意の正整数nに対してH^n(X,\mathcal{F})=0」」ということになる。軟弱層はその性質の良さから層係数コホモロジー論において重要な対象となる。実際与えられた層\mathcal{F}を係数とするコホモロジーの標準的な構成方法の一つとして軟弱分解(flabby resolution, flasque resolution)を利用するものがある。これはその名の通り\mathcal{F}から始まる軟弱層の完全系列を考えるのである。

層の短完全列の切断

層の短完全列があったとき、それの開集合Uにおける切断を取った列は必ずしも完全とは限らない*1。しかし一番右の全射性以外は完全性が保たれる、つまりUでの切断を取る関手\Gamma(U,-)は左完全であることは一般に成り立つ。本稿ではこれを示す。

 

ちなみに、特にU=Xの場合この欠けた右側をどのように補えば(長)完全列が出来上がるか?という疑問に答えてくれるのが層係数コホモロジー論である。

層の理論を扱っている本

層の理論は複雑で中々始めは慣れず難しい、という人が多いと思います。筆者も始めは(今も)理解に苦しむことは多々あり、そこで層を扱っている本をいろいろと漁りました。ここではその中で出会った本をとりあえず(少しの内容紹介を添えて)羅列していきます。筆者の知る限りを全て集約した*1ので層に苦しめられていて、いろんな説明を読んでみたいと思っている人には多少は役に立つのではないかと思います。またコメントは主観全開でかなり適当かつ雑に書いているのであまりアテにしすぎず、おまけくらいに思って読んでください。個人的に参考になりそうな順に並べておきました。

その前に

まず層を扱う理論というのは主だったものとして(複素)代数幾何学、多変数複素函数論、代数解析学の三つ、というのが今のところの筆者の認識です。ということは層の理論そのものを扱っている本あるいはこれら三分野の入門書なりを当たるのが良いのではないかということになります。

ただ、代数解析学はみたところほとんど層の理論は既知とされてしまっている印象を受けた*2ため、(複素)代数幾何学と多変数複素函数論の二つと層の理論そのものを主題とした文献を狙っていきます。

断り書き

部分的に読んだだけとか読んでいる途中とかいうものも結構多いです。またほぼ読んでいないようなものも多いです。となると「自分がある程度読んだもの数冊だけ紹介してあとは「(複素)代数幾何学、多変数複素函数論」の本を参照してください」でいいじゃないか。こんな記事を書く資格があるのか」という声も上がるかもしれませんがまぁ題名(と内容)を具体的に挙げておくだけでも誰かの役には立つかもしれないし、何より個人ブログである程度自由でも許されるはずなのでそこら辺、クオリティの低さとかは大目に見てくださるとありがたいです。それに筆者の覚書きというような目的もあり、そのため「各種pdfの参考文献を充実させればよいのでは?」と思ったこともありますがこうして一つ記事を書くこととしました。

層の理論そのもの(など)

  • B. R. Tennison "Sheaf Theory"

扱っている内容:層の基礎、層空間、スキーム、層係数コホモロジー(導来関手)、チェックコホモロジー
コメント:とっっっても丁寧な本です。雪江代数のようにちょっとしたことでも補題化してくれたりととにかく初学者にはありがたい一冊だと思います。ただやはり古い本なので入手が難しいかもしれません。あと演習問題の解答がネットに落ちています(https://pbelmans.files.wordpress.com/2011/06/exercises.pdf)。

扱っている内容:層の基礎、軟弱層、層係数コホモロジー(導来関手、単射分解)、チェックコホモロジー
コメント:こちらも(本全体を通して(!))丁寧に行間が埋められていてその意味では読みやすい一冊ではありますが、何かと抽象的(圏論的)な設定で議論が進められていたりするところがあり、そこが少し馴染みにくいという人はいるかもしれません(とはいえそれは大きな利点でもあるだろう)。厚い本ですがそれだけ丁寧かつ厳密なとても良い本です(内容も)。どうでもいいことですが層の射の単射全射についてはいろいろ言いかえがあったりしてうざったいですがその辺の同値な条件を厳密にしっかりまとめてくれていたりしたのが少し印象に残っています。

河田 敬義『ホモロジー代数』
扱っている内容:層の基礎、層係数コホモロジー(導来関手)、チェックコホモロジー
コメント:ところどころ古めかしい用語が出てきたりしているが丁寧に書いてあるので参考になり得ると思う。層係数コホモロジーが公理的に導入されているのが印象的である(しかし既に導来関手を定義しているので一瞬で存在定理が示されるが)。

後日調査

コメント:全く読んでないが、間違いなく初学者向けの本ではない。内容はパッと見た感じ他には無いようなものとなっている印象を受けた。

  • Glen E. Bredon" Sheaf Theory"
  • Saunders MacLane"Sheaves in Geometry and Logic: A First Introduction to Topos Theory "

(複素)代数幾何学

扱っている内容:層の基礎、準連接層、連接層、スキーム、軟弱層、層係数コホモロジー(軟弱分解)、チェックコホモロジー
コメント:層のパートに限らず全体を通してわかりやすいと専ら評判の本なのでご存じの方も多いかと思います。確かに読みやすく、そして教育的配慮も随所に見られて個人的に他書に比べて代数幾何(スキーム論)に親しみをもって読みすすめられているような気がします。分厚いですがその分スキームのコホモロジーなど代数幾何的には本来外せないであろう話題にもがっつり触れられています(コホモロジーの構成で終わっている本も多いので)。

扱っている内容:層の基礎、層係数コホモロジー単射分解)、軟弱層、連接層、チェックコホモロジー
コメント:割と詳しく色々と書いてあるような印象を受ける。

扱っている内容:層の基礎、層係数コホモロジー(軟弱分解)、チェックコホモロジー、連接層
コメント:内容は良いがコンパクトな分表記や説明、証明がかなり雑である(専門家にはスッキリしているように見えるのだろうが)。前半と後半で二冊に分けて出せば良かったのにと強く思う。あまり真に受けすぎずに他の本の副読本くらいに使うのがちょうどいいように個人的には思う。

扱っている内容:(1)層の基礎、層空間(演習問題)、軟弱層(演習問題)、スキーム
(2)層係数コホモロジー(導来関手)、チェックコホモロジー、グロタンディークの消滅定理等
コメント:みなさんご存じのハーツホーン。今更言う必要はないかもしれないがやはり行間が目立ったり、演習問題に重要な概念や性質などを押し付けたり等が散見される。しかしやはりこれだけ有名で読んでいる人間も多い本なので質問等はしやすいという利点はあるのかもしれない。2(コホモロジー)は内容評価が高いらしい。

扱っている内容:層(=層空間)の基礎、層空間、層係数コホモロジー(軟弱分解)、チェックコホモロジー、連接層

扱っている内容:層の基礎、準連接層、連接層、スキーム、軟弱層、層係数コホモロジー(軟弱分解)、チェックコホモロジー、連接層

扱っている内容:層(=層空間)の基礎、層係数コホモロジー(チェックコホモロジー

多変数複素函数

  • 広中 平祐 , 卜部 東介 『解析空間入門』

扱っている内容:層の基礎、連接層、層係数コホモロジー(軟弱分解(だったはず))

  • 樋口 禎一 , 吉永 悦男 , 渡辺 公夫『多変数複素解析入門 』、樋口 禎一『多変数複素解析

扱っている内容:層(=層空間)の基礎、層係数コホモロジー(軟弱分解)、チェックコホモロジー
コメント:層係数コホモロジーが公理的に導入されて最後に軟弱分解で存在を示す形をとっている。マイヤー・ヴィートリス完全系列の層係数コホモロジー版が載っているのが印象的だった。

  • 野口 潤次郎『多変数解析関数論─学部生へおくる岡の連接定理─』

扱っている内容:層の基礎、連接層、層係数コホモロジー(チェックコホモロジー
コメント:やはり解析の本なので層に関する一般論は最小限に抑えてとにかく「使っていきたい」というような感じを受ける。連接層の定義が通常のとは見た目が違うことに注意されたい(だが命題3.3.5で代数的に言い換えられている)。

後日調査

  • 西野 利雄『多変数函数論』
  • 一松 信『多変数解析函数論』

*1:とはいえちょろっと準備程度に触れている本などは触れなかった(例えば石井 志保子『特異点入門』)

*2:代数解析学は魅力的な分野ではありますがかなり高度なことで有名で、前提知識の要求も高く、挑む人は覚悟しましょう

前層の層化~層空間(エタール空間)を用いて~

prime-132th.hatenablog.com
では現代よくとられる標準的な層化の方法を紹介した。

ここでは層空間(エタール空間と呼ばれることもある)の概念を導入して層化を行う。層空間は古い文献では層として扱われていたりする。

文献3の『アファインスキームの構造層について』にはハーツホーンのアフィンスキームの奇妙な定義の''導出''が書かれている素晴らしい内容となっているが、このpdfは3節まででアフィンスキームを構成し、4節の内容はラストの''導出''に行く前は本記事の内容の系となる内容からなっている。であるから、本記事を読んだ読者であって既にアフィンスキームを知っている方は直ぐにラストの''導出''を読める。是非読んでみて欲しいと思う。一応結論を軽く言っておくとあの奇妙な条件は本記事で具体的に構成した層化のその構成に依っているのである。